北海道日本ハムファイターズの若きエース候補として注目される福島蓮選手は、青森県出身の右腕投手です。
190cmの長身から繰り出される角度のあるストレートとフォークボールを武器に、2024年からは一軍の先発ローテーションで活躍しています。
彼の野球人生は地元八戸市の小学校から始まり、高校時代には21世紀枠で甲子園出場という快挙を達成しました。
そして2021年に育成ドラフト1位で日本ハムに入団し、着実にステップアップを重ねて支配下選手となった経緯は、多くの野球ファンに感動を与えています。
今回は、そんな福島蓮選手の学歴から現在に至るまでの軌跡を詳しく紹介していきます。
育成出身から一軍定着へと駆け上がった彼のサクセスストーリーには、多くの学ぶべき要素が詰まっているでしょう。
Contents
福島蓮のプロフィール
画像引用元:パ・リーグ.com
福島蓮選手の基本的なプロフィールをご紹介します。
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福島蓮選手は2003年生まれの22歳と、プロ野球選手としてはまだまだ若い部類に入ります。
身長190cmという恵まれた体格から投げ下ろされる球筋は、打者にとって非常に打ちづらいものとなっています。
投球スタイルは最速153km/hのストレートと落差の大きいフォークボールが主武器で、この組み合わせで多くの打者から空振りを奪っています。
性格面では「ESFJ」というMBTIタイプを自己紹介しており、協調性があり面倒見の良いタイプとして知られています。
チームメイトからは「福ティマ」という愛称で親しまれ、好きな食べ物はお寿司、好きな動物は猫という一面も持っています。
プライベートでは休日は「寝てることが多い」と語るなど、等身大の22歳らしい一面も垣間見せます。
福島蓮の学歴
画像引用元:Sportiva
福島蓮選手の学歴を段階別に詳しく見ていきたいと思います。
小学校時代
福島蓮選手は地元青森県八戸市の八戸市立青潮小学校で学生生活をスタートさせました。
野球との出会いは小学4年生の時で、地元の少年野球チーム「青潮ファイターズ」に入団したのがきっかけです。
この時期から既に野球の楽しさを知り、将来のプロ野球選手への第一歩を踏み出していたことになります。
中学校時代
中学校は同じく地元の八戸市立湊中学校に進学し、軟式野球部に所属していました。
この時期はまだ投手ではなく野手としてプレーしており、特に遊撃手のポジションを守っていたとされています。
軟式野球での経験が後のプロでの活躍にどのような影響を与えたのか、非常に興味深いところです。
高校時代
青森県立八戸西高等学校に進学したのが、福島蓮選手にとって人生の大きな転換点となりました。
入学当初は中学時代と同じく遊撃手としてプレーしていましたが、監督やコーチに投手としての才能を見出され、本格的に投手への転向を果たします。
この決断が、現在の福島蓮選手の基礎を築いたと言えるでしょう。
指導面では元プロ野球選手で日本ハム出身の中村渉氏が外部コーチとして関わったことも大きな意味を持ちました。
プロの経験を持つ指導者からの直接的な指導は、福島蓮選手の技術向上に大いに役立ったはずです。
学業面では本人が語るところによると、中学時代は学年5位という優秀な成績を収めていたものの、高校では野球との両立が困難となり「文系80人中79位」という状況だったそうです。
しかし、これは決して珍しいことではなく、多くのアスリートが経験する葛藤でもあります。
八戸西高校は21世紀枠で甲子園初出場!
画像引用元:中日新聞
福島蓮選手の高校時代最大のハイライトは、なんといっても甲子園出場でしょう。
八戸西高校は創部以来甲子園出場経験のない公立高校でしたが、福島蓮選手がエースとなった2020年秋から快進撃を始めます。
まず創部以来初の東北大会出場を果たし、初戦の福島商戦では福島蓮選手が7回3失点完投でコールド勝利に導きました。
この時の投球内容は圧巻で、既にプロレベルの片鱗を見せていたと言えます。
準々決勝では強豪・花巻東高校と対戦し、9回を4安打2失点と善戦しました。
結果的にはベスト8止まりでしたが、この健闘ぶりが21世紀枠での選出につながったのです。
そして2021年春の第93回選抜高等学校野球大会に21世紀枠で初出場を果たします。
八戸西高校にとって創部以来初の甲子園出場という歴史的快挙でした。
1回戦では同じく21世紀枠で選出された具志川商業高校(沖縄)と対戦しましたが、福島蓮選手は先発投手として登板したものの5回5失点で降板し、チームは初戦敗退となりました。
甲子園での結果は残念でしたが、公立高校から甲子園に導いた功績は非常に大きなものがあります。
この経験が福島蓮選手の成長につながり、プロでの活躍へとつながっているのは間違いありません。
福島蓮のプロでの経歴
画像引用元:道新スポーツ
福島蓮選手のプロ野球選手としての歩みを詳しく追っていきたいと思います。
ドラフト指名から育成時代
2021年10月11日のドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズから育成1位指名を受けました。
担当スカウトの白井康勝氏の慧眼により、福島蓮選手の将来性が高く評価されたのです。
契約金や年俸は公表されていませんが、育成選手としては標準的な条件でのスタートとなりました。
育成1年目(2022年)は体づくりから始まりました。
入団当初は身長190cmに対して体重65kgと非常に線が細く、プロで通用する体格ではありませんでした。
そこで1日1キロ以上の白米を毎日食べる「食トレ」を実施し、約2年間で体重を10kg以上増加させることに成功します。
この時期のイースタン・リーグでの成績は14試合(1先発)で1勝0敗、防御率5.06とまだまだ発展途上でした。
しかし、4月10日の実戦デビューでは自己最速を4km/h更新するなど、着実な成長の兆しを見せていました。
飛躍の2年目
育成2年目の2023年シーズンは大きな転機となりました。
ストレートの最速を152km/hまで向上させ、イースタン・リーグで17試合(9先発)に登板しました。
成績も4勝2敗、防御率2.79と大幅に向上し、年俸も70万円アップの330万円となりました。
この年の成長ぶりは目覚ましく、球団首脳陣も支配下登録を真剣に検討し始めたと言われています。
体格面でも技術面でも大きく成長し、プロとしての土台が完成した年でした。
支配下登録と一軍デビュー
2024年3月14日、ついに支配下選手契約を締結し、背番号も121番から94番に変更されました。
これは福島蓮選手にとって大きな節目であり、育成から這い上がった証でもありました。
そして4月17日、福岡ソフトバンクホークス戦で念願の一軍初登板を先発で果たします。
結果は4回3失点と内容的には物足りないものでしたが、夢にまで見た一軍マウンドに立った意味は非常に大きなものでした。
さらに6月2日のDeNA戦でプロ初勝利を挙げ、球団の育成出身投手として初の白星という歴史的な記録を達成します。
この瞬間は多くのファンの心を打ち、育成制度の素晴らしさを改めて証明しました。
2024年シーズン全体では12試合先発で2勝3敗、防御率3.54という成績を残し、年俸も540万円となりました。
さらなる飛躍を目指す現在
2025年シーズンは年俸1600万円と大幅アップでスタートし、現在までに2試合先発で2勝0敗、防御率1.50という素晴らしい成績を残しています。
最速も153km/hまで向上し、まさに円熟期を迎えつつあります。
指導者からは「いい意味で深く考えていない。切り替えが抜群に早い」と評価されており、投手向きのメンタリティを持っていることも大きな武器です。
今後は先発ローテーションの確固たる一角として、チームの上位進出に貢献することが期待されています。
まとめ
福島蓮選手の歩みは、まさに現代野球界のサクセスストーリーそのものです。
青森県の公立高校から甲子園出場を果たし、育成ドラフトを経てプロ野球選手として大成しつつある姿は、多くの野球少年に夢と希望を与えています。
身体能力だけでなく、諦めない心と継続する力が彼の成功の源泉でしょう。
今後も一軍での活躍を続け、さらなる高みを目指す福島蓮選手から目が離せません。