ベーブ・ルースには2人の嫁(妻)がいた!子供や子孫についても詳しく紹介!

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「野球の神様」と称されるベーブ・ルースは、グラウンドの外でもドラマチックな人生を歩んだ人物です。

ベーブ・ルースには生涯で2人の嫁(妻)がおり、子供は実子と養女の2人。

さらにその子孫たちが今も偉大な祖先の遺産を受け継いでいます。

今回はベーブ・ルースの嫁や子供、子孫について詳しくご紹介したいと思います。

ベーブ・ルースの嫁(妻)

ベーブ・ルースは生涯で2度の結婚を経験しました。

最初の結婚は若き日のボストン時代に始まり、2度目の結婚はその後長く連れ添った関係となっています。

野球選手としての輝かしいキャリアとは対照的に、家庭生活は複雑な側面も持っていました。

それぞれの妻との経緯を詳しく見ていきましょう。

最初の妻:ヘレン・ウッドフォード

ベーブ・ルースが最初に結婚したのは、ヘレン・ウッドフォードという女性です。

まずは簡単にプロフィールを確認しておきましょう。

  • 名前:ヘレン・ウッドフォード
  • 生年:1896年
  • 出身:アメリカ
  • 職業:ウェイトレス
  • 没年:1929年1月(32歳)

ベーブ・ルースが19歳だった1914年、ボストンのコーヒーショップで当時17〜18歳のヘレンと出会い、結婚しました。

若い2人の出発は微笑ましいものだったに違いありませんが、その後の結婚生活は決して穏やかとは言えませんでした。

ベーブ・ルースはシーズン中の遠征が多く、さらに浮気を繰り返す生活を送っていたため、ヘレンは次第に精神的に追い詰められていきます。

2人はカトリック教徒として結婚していたため正式な離婚ができず、1924年頃からは別居状態に。

ヘレンはその後、ある歯科医の内縁の妻として密かに暮らしていましたが、1929年1月にその自宅で発生した火災により32歳という若さで命を落とします

才能ある選手の陰で、ひっそりと幕を閉じた人生が胸に刺さります。

2番目の妻:クレア・メリット・ホジソン

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ベーブ・ルースの2番目の嫁となったのが、クレア・メリット・ホジソンです。

こちらもプロフィールから確認しましょう。

  • 名前:クレア・メリット・ホジソン(本名:クレア・メイ・メリット)
  • 生年:1897年
  • 出身:ジョージア州アセンズ
  • 職業:女優・モデル
  • 没年:1976年10月25日(79歳)

ベーブ・ルースとクレアが出会ったのは1923年頃のこと。

クレアには前夫フランク・ホジソンとの間に娘ジュリアがおり、フランクは1922年にすでに亡くなっていました。

ヘレンの死から約4か月後となる1929年4月17日、ベーブ・ルースはクレアと再婚しました。

興味深いエピソードとして、クレアは結婚の際に年齢を3歳偽り、実際は31〜32歳だったにもかかわらず28歳と名乗っていたことが後に判明しています。

それだけ意志の強い女性だったのかもしれませんね。

再婚後はニューヨークのマンションで家族4人の生活が始まり、クレアは1976年に79歳で生涯を終えました。

ベーブ・ルースの隣に葬られている点に、深い縁を感じずにはいられません。

ベーブ・ルースの子供たち

ベーブ・ルースには法的に2人の娘がいました。

ただし、その出自は全く異なります。

実子と養女というそれぞれの背景を持ちながら、どちらもベーブ・ルースの「娘」として人生を歩みました。

2人の娘について、順番に見ていきます。

ドロシー・ルース(実子)

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ベーブ・ルースの実子であるドロシーは、1921年6月7日に生まれました。

母親はヘレンではなく、愛人だったファニタ・ジェニングスです。

ベーブ・ルースは当時の妻ヘレンを説得し、ドロシーを2人の養女として引き取りました

驚くべきことに、ドロシー自身がこの出生の真実を知ったのは1980年、59歳のとき

長年の友人であったファニタが亡くなる2週間前に「私があなたの実の母親だ」と告白したのです。

長年抱き続けていた自分のルーツへの疑問が、人生の終盤に明らかになった衝撃はいかほどだったでしょうか。

継母クレアとの関係は良好ではなく、愛情の欠如を感じた18歳で家を出ています。

2度の結婚で合計6人の子供をもうけ、晩年はコネチカット州でアラビアンホースを育てながら過ごしました。

1988年には回想録『My Dad, the Babe』を出版し、家庭内の複雑な事情を初めて世に明かしています。

1989年5月18日、67歳でその生涯を閉じました。

ジュリア・ルース・スティーブンス(養女)

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ジュリア・ルース・スティーブンスは1916年7月7日、クレアと前夫フランクの間に生まれました。

1929年に母クレアがベーブ・ルースと再婚した際、12歳でその養女となっています。

ジュリアはベーブ・ルースとの生活を温かく振り返り、「どのデートの相手よりも、父と踊るのが好きだった」という言葉を残しています。

1934年の日米野球遠征にも母クレアとともに同行し、父との思い出を数多く持ちました。

「ベーブ・ルースの最大のファン」を自称し続けたジュリアは、晩年まで積極的にメディアに出演して父の語り部を務め続けます。

3度の結婚を経験し、息子のトム・スティーブンスをもうけました。

2019年3月9日、ネバダ州の介護付き施設で102歳という長寿を全うしています

ドロシーとは対照的ともいえる、愛情に満ちた父娘関係が印象的です。

ベーブ・ルースの子孫たち

ベーブ・ルースの遺伝子を受け継ぐ直系の子孫はドロシーの系統のみですが、ジュリアの子孫たちも「ルース家の一員」として積極的に活動を続けています。

現在も孫やひ孫の世代が、偉大な祖先の名を未来へつないでいます。

トム・スティーブンス(孫)

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トム・スティーブンスは1952年8月28日生まれ、ジュリアの一人息子です。

ベーブ・ルースが亡くなった4年後に誕生したため直接会う機会はありませんでしたが、母ジュリアや祖母クレアから聞いた逸話を通じて、祖父の人物像を深く理解しています。

ニューハンプシャー州在住のトムは、野球関連のイベントや講演、メディアのインタビューを通じてベーブ・ルースの魅力を発信し続けています。

大谷翔平選手が「ベーブ・ルース以来の二刀流」と称されて注目を集めた際には日本のメディアにも登場し、2人の偉大な選手を比較しながら「祖父もきっと応援しただろう」と語りました。

祖父を誇りに思う姿が伝わってくる、印象的なエピソードです。

リンダ・ルース・トセッティ(孫)

リンダ・ルース・トセッティはドロシーの娘で、ベーブ・ルースの孫にあたります。

2024年7月にはベーブ・ルースのMLBデビュー110周年を記念し、ポーラー・パークで始球式を務めました

祖父の遺品の一部をオークションに出品したことでも知られており、ベーブ・ルースの人間的な側面を語り継ぐ活動を続けています。

遺伝子を受け継ぐ孫として、祖父の記憶を守ろうとする姿に敬意を感じます。

ブレント・スティーブンス(ひ孫)

ブレント・スティーブンスはトム・スティーブンスの息子で、ベーブ・ルースのひ孫にあたります。

父トムとともにベーブ・ルースのレガシーを守る活動に積極的に取り組んでおり、その姿勢は多くのファンから注目されています。

ブレントはファンが交流できるウェブサイトを立ち上げたほか、ベーブ・ルースの名言をフィーチャーしたTシャツを制作するなど、現代的なアプローチで曾祖父の魅力を発信

さらに共著書『Out of the Mouth of Babe』を出版し、オリオールズの試合では始球式も務めました。

世代を超えてベーブ・ルースを身近に感じてもらおうという工夫が随所に感じられ、とても頼もしい存在です。

パーカー(やしゃご)

パーカーはトム・スティーブンスの孫にあたり、ベーブ・ルースのやしゃご(玄孫)です。

現時点で公開されている情報は限られていますが、始球式への登板という形で公の場に姿を現しており、ベーブ・ルース家の一員としての存在感を示しています

曾祖父・祖父・父と受け継がれてきたレガシーが、さらに次の世代へと着実につながっている様子に、時の流れと野球という競技の偉大さを改めて実感させられます。

まとめ

ベーブ・ルースの嫁(妻)はヘレン・ウッドフォードとクレア・メリット・ホジソンの2人でした。

子供は実子のドロシーと養女のジュリアの2人で、それぞれが異なる人生を歩んでいます。

孫のトムやリンダ、ひ孫のブレント、そしてやしゃごのパーカーと、世代を超えてベーブ・ルースの偉大な遺産が受け継がれている事実は、彼がいかに特別な存在であったかを物語っています。

グラウンドの外でも語り継がれる「野球の神様」の物語は、これからも色あせることがないでしょう!