プロ野球界で活躍する近藤健介選手の家族に、注目が集まっています。
父親は数学教師で野球指導者、母親も元教師、兄は英語教師という教育者一家に生まれた近藤健介選手。
その家族の温かいサポートが、今日の活躍を支えてきたことは間違いないでしょう。
本記事では近藤健介選手の両親や兄との絆に迫りたいと思います。
Contents
近藤健介の家族構成
近藤健介選手は、父・義男さん、母・昌子さん、そして7歳年上の兄・洋介さんとともに育った4人家族の次男です。
実家は千葉県千葉市緑区のおゆみ野と呼ばれるニュータウンに構えており、地域に根差した家庭環境のなかで幼少期を過ごしました。
父親は長年にわたって公立中学校に勤めた数学教師兼野球指導者、母親も同じく学校教育に携わったという経歴を持ちます。
兄・洋介さんは英語教師として教壇に立ち、一家全員が教育に深く関わっているのは、なんとも珍しいですね。
選手としての近藤健介選手の礎には、こうした”教育者一家”としての家族の姿勢があったといえるでしょう!
近藤健介の両親
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教育者一家の中心を担うのが、父・義男さんと母・昌子さんです。
2人はともに東京学芸大学出身という共通のバックグラウンドを持ち、長年それぞれの現場で子どもたちの成長を支えてきました。
近藤健介選手を育てた2人の姿勢は、まさに教育のプロならではのものだったといえるでしょうね。
父親は数学教師で野球指導者
父・近藤義男さんは、1982年から千葉市内の公立中学校で数学教師として勤務し、野球部の顧問も長年歴任してきました。
その指導力は学校の枠を超えて高く評価され、U-15侍ジャパン(軟式)の編成委員長や日本中学生野球連盟の専務理事といった要職も歴任。
教頭・校長を経験した教育のプロフェッショナルでもあります。
現在は教員を退職し、2016年に近藤健介選手が設立した野球・サッカー複合施設「KC練習広場おゆみ野」の代表として、地域の青少年育成に尽力しています。
教壇を離れてなお、子どもたちのために動き続ける姿はさすがというほかないですね!
母親も元教師
母・近藤昌子さんもまた、夫・義男さんと同じく東京学芸大学を卒業した元教師です。
教育者としての背景を持ちながら、近藤健介選手への献身的なサポートは特に語り継がれています。
近藤健介選手が横浜高校に進学した際、寮に空きがなかったため、千葉県の実家から毎日車で送り迎えを3年間続けました。
片道約88km、往復で1時間20分ほどにも及ぶ距離を、文句ひとつ言わずに通い続けたというから驚きですね。
さらに食事面でも1日3食の手料理で近藤健介選手の体づくりを支え、プロ入り後の自主トレ期間にも同行して食事の準備を欠かしませんでした。
近藤健介選手自身が「母の料理が一番のスタミナ源」と語るほど、その愛情は深いのです。
現在は夫・義男さんとともに「KC練習広場おゆみ野」の運営にも携わっています。
両親の教育方針は?
義男さんの教育方針の核心は、「やりたいことをとことん応援する」という一言に尽きます。
「育て方」ではなく「育ち方」という表現を用いるほど、子ども自身の主体性を何より重視してきたのです。
近藤健介選手は小学4年生で少年野球チームに入団するまで、剣道・バドミントン・水泳・器械体操など多様なスポーツを経験しています。
特定の競技に早期から専念させるのではなく、幅広い運動経験を通じて基礎体力と興味を育む狙いがあったのでしょうね。
横浜高校への進学を希望した際には、「残念だけどベンチ入りさえできなくなるよ」と現実の厳しさを率直に伝えたといいます。
それでも息子の意思が固いとわかると、本人の決断を尊重しました。
義男さんは後に「健介自身が自らの意思で道を切り拓き、目標を次々と実現している」と振り返っており、子どもの自主性を引き出すことに成功した父親の言葉として印象深いですよね。
近藤健介の兄弟
近藤健介選手には、7歳年上の兄・洋介さんがいます。
年齢差はあるものの、兄弟の絆は幼い頃から現在まで途切れることなく続いています。
野球選手とは異なる道を歩んだ兄の存在が、近藤健介選手の人間形成に大きな影響を与えてきたことは間違いないでしょうね。
兄は英語教師
兄・近藤洋介さんは、現在中学校の英語教師として教壇に立っています。
中学2年生の頃から英語教師を志し、高校時代には夢を実現するためにアメリカへ3年間留学した経歴を持つ行動派です。
父・母に続く教育者の道を選んだ洋介さんの存在は、近藤健介選手に「家族は全員、人のために何かを伝える仕事をしている」という誇りを感じさせたのではないでしょうか。
現在も弟・健介選手の自主トレーニングを手伝うなど、プロ野球選手の兄を陰から支え続けています。
近藤健介と兄のエピソード
2人の関係を語るうえで欠かせないのが、幼少期のエピソードの数々です。
近藤健介選手が小学生の頃、兄・洋介さんの友人たちがよく面倒を見てくれていました。
小学4年生の夏休みには稲毛海浜公園のプールへ連れて行ってもらったものの、ワガママ放題で兄の友人たちを怒らせてしまい「もうあいつの面倒は見ない!」と言われてしまったこともあったといいます。
それでも友人たちは健介選手を気にかけ、中学受験の勉強の合間にキャッチボールの相手をしてくれたり、草野球に「健介も来い!」と声をかけてくれたりしたというから、愛されキャラぶりが微笑ましですね。
特に印象的なのが、近藤健介選手が小学6年生のとき、兄の友人たちが作った大学生の草野球チームに参加したエピソード。
大人に混じってセカンドの守備を普通にこなし、何よりその場をまったく物怖じせず楽しそうにプレーしていました。
それを見た父・義男さんは「人の懐に入るうまさは幼少期から備わっていた」と振り返っています。
また、修徳学園中学校の受験時、兄・洋介さんはちょうどアメリカ留学中だったため、家庭教師は兄の友人に依頼しました。
その大学生は勉強を教えるだけでなく、夜はナイター中継を観ながら一緒に夕飯を食べるなど、近藤健介選手にとって良き兄貴分でもあったのです。
こうした年上との交流が、どんな環境でも臆せず飛び込める度胸と人間力を育んでいったのでしょうね。
まとめ
近藤健介選手の家族は、父・義男さんが数学教師で野球指導者、母・昌子さんが元教師、兄・洋介さんが英語教師という教育者一家です。
子どもの主体性を尊重する父の方針と、惜しみないサポートを続けた母の献身、そして年齢差を超えた兄との絆が、今日の近藤健介選手を作り上げました。
家族の愛情こそが、選手としての最大の原動力といえるでしょうね。

