阪神タイガースの立石正広選手は、元オリンピック代表を母に持つアスリート一家の出身です。
父親は元バレーボール選手、母親の苗村郁代さんは1992年バルセロナ五輪出場の経歴を持ち、2人の姉もプロバレーボール選手として活躍しています。
本記事では、立石正広選手を育んだ家族構成や兄弟について詳しく紹介していきたいと思います。
Contents
立石正広の家族構成
立石正広選手は、父・和広さん、母・郁代さん、長姉・沙樹さん、次姉・優華さんという5人家族の末っ子長男。
立石正広選手本人を除く全員がバレーボール経験者という、日本有数のスポーツ一家として知られています。
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これだけ華やかなアスリート一家の中で育ちながら、立石正広選手が選んだのは野球という点がとても興味深いですよね。
家族全員がバレーボールにかかわりながらも、末っ子の選択を温かく支えた立石家の懐の深さが伝わってきます。
立石正広の父親
立石正広選手の父・和広さんは、バレーボール選手として輝かしいキャリアを積んだ人物です。
一方で、野球への思いを胸に秘めながら、息子の成長を誰よりも近くで支え続けた存在でもあります。
父・和広さんは元バレーボール選手
和広さんは山口県立宇部商業高校、そして法政大学でバレーボール選手として活躍しました。
さらに全日本男子代表チームのアシスタントコーチを務めるなど、競技の枠を超えた実績を誇ります。
野球への未練と息子への期待
実は和広さんは幼少期から野球少年でした。
しかし小学生の時点ですでに身長が180cm近くに達していたため、中学校でバレーボール部にスカウトされた経緯があります。
「やってみると意外とできてしまい、辞められなくなった」という形でバレーボール一筋の道を歩みますが、野球への未練は長年くすぶり続けていたといいます。
そのため、息子の立石正広選手には「野球をやってほしい」という強い思いを抱いていたのです。
立石正広選手自身は後に「野球に誘導しようとしていたとは全然知らなかった」と笑いながら振り返っています。
練習への献身的なサポート
和広さんは幼い頃からほぼ毎日キャッチボールの相手を務め、自宅の庭にはティー打撃専用のネットも設置しました。
仕事で疲れて帰宅した後も、立石正広選手の練習に付き合い続けたそうです。
立石正広選手が中学生になり、さらに熱心に練習に取り組むようになると、今度は父の方が「長時間の練習についていくのが大変で嫌になっていた」という笑えるエピソードも残っています。
ドラフト1位指名が決まった際、立石正広選手が「父に『頑張ったよ』と伝えたい」と語った場面は、長年の絆が凝縮された瞬間だったといえるでしょうね!
立石正広の母親
立石正広選手の母親・郁代さん(旧姓:苗村)は、日本バレーボール界に名を刻んだオリンピアンです。
競技人生で培った信念を、息子への言葉として受け継がせてきた。
母親は元オリンピック代表の苗村郁代
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身長167cmと当時のバレーボール選手としては小柄ながら、強力なスパイクを武器にチームを支えた実力者です。
「ただただ謙虚にやりなさい」「上には上がいる。そういう時は練習するしかない」という言葉を立石正広選手に繰り返し伝えてきたそうです。
オリンピアンとしての経験から生まれた言葉だけに、その重みは格別のものがありますね。
また、2021年夏の甲子園に立石正広選手が高川学園高校の選手として出場した際、コロナ禍の入場制限の中、家族で唯一現地に駆けつけたのも郁代さんでした。
がらんとしたスタンドで息子の活躍を見守るその姿は、今も家族の語り草になっているといいます。
親子2代での五輪出場の夢
2028年のロサンゼルスオリンピックでは、野球が正式種目として復活することが決まっています。
立石正広選手はこれを受け、「お母さんみたいに頑張ります」と語り、親子2代でのオリンピック出場を高らかに目標に掲げました。
母がバルセロナの舞台に立った夢の続きを、息子がロサンゼルスで紡ごうとしている。
アスリート家族ならではの壮大な目標として、多くのファンの胸を熱くさせるエピソードですね!
立石家の教育方針と家訓
立石家には「人が見ていないところでも努力しよう」という家訓があります。
立石正広選手はこの言葉を体現するように練習に向き合い、次姉の優華さんも「ずっと素振りを続けてきたと思うし、家でもお父さんと練習している姿は見ていた」と弟の陰の努力を証言しています。
また立石正広選手は「やりたいことを頑張る雰囲気がわが家にはあった」とも語っています。
バレーボール一家でありながら、末っ子が野球を選んだことに対して一切のプレッシャーをかけず、自由に背中を押す姿勢が立石家の根幹にありました。
父の献身的なサポートと、オリンピアンの母から授かった「謙虚さと努力」の信念。
この二つが重なり合い、大学No.1スラッガーと称されるまでの選手を育て上げた原動力になったといえるでしょう。
立石正広の姉:長女・沙樹さん
立石正広選手には8歳上の長姉・沙樹さんがいます。
現役のプロバレーボール選手として活躍しながら、弟の野球人生を温かく見守り続けてきた存在です。
プロフィールと経歴
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沙樹さんは誠英高等学校時代に春高バレーにも出場した実績を持っています。
大学卒業後はいったん現役を退き、母校の誠英高等学校で5年間にわたって教員とバレーボール部コーチを兼任。
それでも「バレーボールがどうしてもやりたい」という思いが抑えられず、2023年にリガーレ仙台へ入団して現役復帰を果たしました。
5年のブランクを感じさせない活躍で、2024〜2025年シーズンも29試合に出場しています。
教員という安定した道を捨ててでも競技に戻る決断をした沙樹さんの姿勢は、立石家のアスリート魂を体現しているように感じます。
弟への思い
2021年夏の甲子園に立石正広選手が出場した際、沙樹さんは「本当は一緒に行く予定だったんですけど、直前にお父さんの方のおばあちゃんが倒れちゃって…」と、山口の実家からテレビ観戦を余儀なくされます。
それでも祈るような気持ちで画面を見つめ続けたといいます。
阪神タイガースへのドラフト1位指名が決まった際には、「これから弟の試合を甲子園球場で見られることが本当にありがたい」と喜びを語っています。
さらに「苦しいこともあると思うけど、頑張ってほしい」と8歳上の姉らしいエールを贈っています。
立石正広の姉:次女・優華さん
立石正広選手には6歳上の次姉・優華さんもいます。
メディアの取材にも積極的に応じ、弟の素顔を数多く語ってきた人物だ。
プロフィールと経歴
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優華さんは小学2年生のとき、母・郁代さんと姉・沙樹さんの影響を受けてバレーボールを始めました。
中学まではアウトサイドヒッターとしてプレーしていましたが、誠英高等学校でリベロに転向。
高校1年生のとき姉・沙樹さんと姉妹そろって春高バレーに出場するという特別な体験もしています。
青山学院大学進学後は2年生でインカレ優勝を経験し、東日本インカレではベストリベロ賞を受賞。
2020年にはVリーグ女子の月間MVPも獲得した実力派です。
弟の素顔を語る
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優華さんは取材のたびに弟のエピソードを披露しています。
幼少期の立石正広選手については「すごく細い子だったのに、高校を卒業してガッチリしていて、こんなに変わったんだ、と」と驚きを口にしました。
さらに「昔は走り方がどんくさくて」「運動神経が良いイメージはなく、どちらかというとどんくさかった」と愛情たっぷりに振り返っています。
その言葉を聞くたびに、プロ野球選手にまで成長した弟の努力の大きさが伝わってきますね。
ドラフト前夜にもメッセージを送り、阪神への交渉権が確定した瞬間に即座に「おめでとう」と連絡したというエピソードからも、姉弟の距離の近さがよくわかります。
また優華さんは自身の夢として「弟の試合で始球式をすること」を挙げており、その言葉には姉としての誇りと愛情が詰まっています。
なお、沙樹さんのInstagramに優華さんと2人で出かけた際の投稿があり、そのコメント欄に立石正広選手が「2人だけで遊ぶな」と書き込んでいたエピソードも話題に。
末っ子らしいヤキモチ全開の姿が、ファンの間でも「かわいい」と話題を集めています。
まとめ
立石正広選手は、バルセロナ五輪出場の母・苗村郁代さんをはじめ、父・和広さん、姉の沙樹さん・優華さんという輝かしいアスリート一家の末っ子として育ちました。
家訓「人が見ていないところでも努力しよう」を胸に刻み、家族全員の支えのもとプロ野球の世界へ飛び込んだ立石正広選手の今後が、ますます楽しみですね!




