上沢直之のwiki経歴と学歴!中学生から野球を始めてMLBにも挑戦!ホークスで開幕投手に!

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小学生時代はサッカー少年だった上沢直之選手が、中学から野球を始めてわずか6年でプロ入りを果たした異色の経歴を知っていますか?

北海道日本ハムファイターズでエースとして活躍した後、MLBへの挑戦を経て福岡ソフトバンクホークスへと移籍。

2026年シーズンはついに開幕投手に指名され、その実力を余すところなく発揮しています。

本記事では、上沢直之選手のwiki的な経歴と学歴を詳しく紹介したいと思います。

上沢直之のwiki経歴

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  • 氏名:上沢 直之(うわさわ なおゆき)
  • 生年月日:1994年2月6日(32歳)
  • 出身地:千葉県松戸市
  • 身長/体重:188cm/89kg
  • 投打:右投げ・右打ち
  • 血液型:A型
  • ポジション:投手
  • 所属:福岡ソフトバンクホークス
  • 背番号:10
  • ドラフト:2011年ドラフト6位
  • 推定年俸:2億5000万円(2026年)

上沢直之選手は188cmの長身から繰り出す角度のある速球と、精度の高いフォークボールが持ち味の本格派右腕です。

好きな食べ物は寿司、リラックス法はサウナと語るなど、オフの顔も親しみやすい性格の持ち主。

趣味は古着屋巡りで、口癖は「えぐい」「確かに」というのも、どこかキャラクターが滲み出ていますね!

北海道日本ハムファイターズ時代

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2011年のドラフト6位で北海道日本ハムファイターズに入団した上沢直之選手は、入団から2年間をファームで過ごし、2014年に一軍初登板・初先発で初勝利を挙げました。

この年に8勝を記録し、一軍投手としての存在感を一気に示す形となったのです。

その後は怪我による離脱も経験しながら着実に力をつけ、2018年には11勝、2021年には自己最多となる12勝をマーク

特に2021年は防御率2.81という安定感も光り、日本ハムの絶対的なエースとして君臨。

「札幌ドームMVP賞」を2018年と2021年の2度受賞するなど、ファンからの信頼もありました!

日本ハムでの通算成績は173試合登板・70勝62敗・防御率3.19。

一つの球団で10年以上にわたり積み上げた数字は、上沢直之選手の努力と誠実さを物語っていますね。

メジャーリーグへの挑戦

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2023年シーズン終了後、上沢直之選手はポスティングシステムを利用してMLB挑戦を表明。

夢の大舞台への第一歩として、2024年1月にタンパベイ・レイズとマイナー契約を締結し、スプリングトレーニングに参加しました。

しかし、開幕前にボストン・レッドソックスへトレードで移籍という異例の経緯をたどることに…。

レッドソックスでは同年5月2日のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦でついにMLBデビュー

2試合合計で防御率2.25という好内容を見せたものの、メジャー定着はかなわず、大半を傘下の3Aウースターで過ごしました。

3Aでは5勝4敗・防御率7.63と苦しみ、故障者リスト入りも経験するなど、メジャーの壁の高さを感じる形となったのです。

それでも、夢の舞台で実際にマウンドに立ち戦い抜いたという事実は、上沢直之選手のキャリアにとって大きな財産になったのではないでしょうか。

10月31日にFAを選択し、1年で米国での挑戦に幕を下ろしました

福岡ソフトバンクホークス時代

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メジャー挑戦を終えた上沢直之選手は、日本球界への復帰に際して古巣の日本ハムではなく、パ・リーグのライバル球団である福岡ソフトバンクホークスを選択

この決断は一部で注目を集めたが、本人は「周りの声に惑わされずにやるべきことに集中した」と、ブレない姿勢を見せました。

2025年、移籍1年目のシーズンは、序盤こそ勝ち星に恵まれない時期があったものの、フォームの微調整とフォークボールの精度アップが徐々に実を結びます。

8月1日の楽天戦から6連勝を記録するなど後半戦に大きく加速し、最終的に12勝6敗・防御率2.74という申し分ない数字でシーズンを終えました

チームのリーグ連覇と5年ぶりの日本一にも大きく貢献し、阪神との日本シリーズ第2戦では勝利投手にも輝きました。

また同年9月には通算1000奪三振も達成するなど、節目の記録も次々と刻んでいます。

新天地でこれほどの結果を残せたのは、やはり上沢直之選手の実力の証明でしょうね!

2026年シーズンは開幕投手に!

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2026年シーズン、上沢直之選手はソフトバンクの開幕投手に指名されるという大役を任されます。

「本当に光栄なことなのでより気が引き締まる思いです」とコメントし、エースとしての自覚と喜びを語っています。

4月11日には、かつての本拠地エスコンフィールドHOKKAIDOで行われた古巣・日本ハム戦に先発。

7回116球2失点という力投で今季初勝利を挙げ、史上23人目となる「全12球団からの勝利」という快挙を達成

ヒーローインタビューで「北海道は僕がプロ野球のキャリアをスタートした場所。たくさんの感謝の気持ちを持ちながらマウンドに上がりました」と語った言葉が印象的でした。

さらに4月18日のオリックス戦では、9回1死までノーヒットノーランという圧巻のピッチングを見せます。

惜しくも快挙は達成できなかったものの、その内容はまさにエースの投球。

4月18日時点で3試合登板・1勝0敗・防御率1.80・20奪三振(リーグ1位)と、2026年シーズンも好スタートを切っています。

上沢直之の学歴

ここからは上沢直之選手の学歴と幼少期のエピソードを紹介したいと思います。

小学生時代はサッカーに熱中し、野球とは無縁だったという意外な過去を持つ選手です。

プロ野球の世界でエースにまで上り詰めた背景には、遅いスタートを物ともしない成長の軌跡があったのです。

サッカー少年として育った小学生時代

1994年2月6日、千葉県松戸市に生まれた上沢直之選手は、小学生時代にサッカーチームへ所属し、ディフェンダー(サイドバック)としてプレーしていました。

本人いわく「足は速くないけど、サイドバックでセンタリングを上げたりしていました」とのことで、将来の野球選手らしさはまだ見えていなかった時期です。

野球とはほぼ無縁の生活を送っていたため、ルールもほとんど知りませんでした

後に「中学3年生ぐらいで、ようやくちゃんとルールを覚えました」と明かしているほどで、スタートの遅さは自他ともに認めるところだったようですね。

上沢直之選手は後年、子どもたちに向けて「小学校の時なんて、試合に出られなくても大丈夫です。僕が証明しているので」と語っています。

この言葉には説得力がありますね!

控え投手だった中学生時代

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松戸市立第一中学校に入学した上沢直之選手は、軟式野球部に入部して初めて本格的に野球と向き合うことになります。

それほど強いチームではなく、全国的な知名度もゼロに近い環境からのスタートでした。

野球経験がほとんどないままプレーしていたことで、こんな笑えないエピソードも残っています。

中学2年生のある試合、ワンアウト三塁の場面で捕手から「ピッチャーゴロはホームへ投げろ」と指示を受けた上沢直之選手。

その後ツーアウトになったにもかかわらず、ピッチャーゴロをホームへ投げてしまい、慌てた捕手がファーストへ暴投してチームが敗れるという珍事が起きたのです。

ルールへの理解がいかに浅かったかを物語るエピソードですね。

それでも投手としての才能は着実に開花しており、わずか3年足らずで最速135km前後まで球速を伸ばします

しかし肘が中に入りすぎるフォームの癖が課題として残り、最終的に中学では2番手投手として卒業することになりました。

専修大学松戸高校でエースに成長

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中学時代は全国的に無名だった上沢直之選手ですが、千葉県の強豪・専修大学松戸高校(専大松戸)にスポーツ推薦で入学しました。

持丸修一監督は当時を「体が大きくて柔軟性もありそうで、やる気もありそうだったから推薦で入ってもらった」と振り返っています。

投球を初めて見た持丸監督は「100球に2〜3球、本当に素晴らしいボールをミットに投げ込んでいた」と光るものを感じ、「この子はプロでやらせてやりたい」と直感したといいます。

指導者の目に狂いはありませんでしたね!

高校では投球フォームを一から作り直し、肘が上がる形へ修正。

野球歴が浅いために悪い癖が固まっておらず、改造もスムーズに進みました。

軟球から硬球に変わったことで手の大きさを活かせるようになったことも、急成長を後押しした要因だったようです。

主な高校時代の実績は次の通りです。

  • 1年春からベンチ入り
  • 2年春からエースに就任し、春の県大会8強、夏・秋連続で県大会4強
  • 2年夏は腰痛でリリーフ起用ながら5試合20回で23奪三振・自責点1 ・3年春は準優勝し関東大会へ進出
  • 3年夏は千葉大会4回戦で惜敗し甲子園出場はならず

3年夏の大会後、上沢直之選手は「3年間つらかったけど楽しかった。できればプロに行きたい」と話しています。

プロ志望届を提出した際には持丸監督と「3年でクビになったら仕方ない」という覚悟の約束を交わしたとされ、この言葉がプロでの奮起につながったのでしょうね。

卒業時のスペックは身長187cm・体重85kg・最速147km。

カーブ・スライダー・フォーク・チェンジアップと多彩な球種を持ち、将来性豊かな投手として評価されて2011年ドラフト6位で日本ハムから指名を受けました。

高校卒業時点での野球経験はわずか6年という、異色の経歴でのプロ入りだったのです。

まとめ

上沢直之選手は、サッカー少年から中学で野球を始め、わずか6年でプロ入りを果たした異色の経歴の持ち主です。

日本ハムでエースとして活躍後、MLBにも果敢に挑戦。現在はソフトバンクのエースとして、2026年シーズンも開幕投手を務めるなど、その成長の軌跡は多くの野球ファンに夢と勇気を与えています。

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