MLBロサンゼルス・ドジャースで活躍する山本由伸投手の専属トレーナーとして知られる矢田修さん。
矢田接骨院の開業から始まり、山本由伸投手との運命的な出会いを経て、今やMLBで高い評価を受ける存在となりました。
本記事では、矢田修さんのwiki経歴と学歴、そして矢田接骨院開業から山本由伸専属トレーナーまでの道のりを詳しく紹介します。
Contents
矢田修のwiki経歴
画像引用元:テレ朝NEWS
矢田修さんの経歴は、治療家としての実践、独自理論の体系化、そして社会への還元という3つのステージに分けることができます。
それぞれの段階で、彼は新たな挑戦を続けてきました。
ここでは、矢田接骨院の開業から現在に至るまでの歩みを時系列で見ていきたいと思います。
矢田接骨院の開業
1980年、矢田修さんは20代前半という若さで大阪市東成区に矢田接骨院を開業しました。
当時から矢田修さんは、接骨院を単なる治療の場としてではなく「研究室」として位置づけていたのです。
一般的な接骨院が痛みの除去を主目的とする中、矢田修さんは身体の機能を最大限に引き出すことを追求していました。
この姿勢は開業当初から一貫しており、マニュアルに頼らない独自のアプローチを構築していったのです。
接骨院の公式サイトには「いちげんさんお断り」という文言が掲げられています。
これは一人ひとりの身体と真剣に向き合い、長期的な関係性を大切にする矢田修さんの職人気質を表していると言えるでしょう!
40年以上にわたる臨床経験の中で蓄積されたデータと知見が、後の独自理論の基盤となっていきます。
キネティックフォーラムの設立
1988年、矢田修さんは教育・研究機関「キネティックフォーラム」を設立しました。
この設立は、長年の臨床経験から得た知見を体系化し、広く共有するための重要なステップでした。
キネティックフォーラムでは、全国の治療家やトレーナーに対して身体の本質的な使い方を指導しています。
矢田修さんの技術と哲学を学ぶためのプラットフォームとして機能しているのです。
独自の理論を確立するだけでなく、それを次世代に継承していく姿勢は素晴らしいですね!
単に自分だけの技術として秘匿するのではなく、多くの専門家と共有することで、より多くの人々の健康に貢献しようとする志が感じられますね。
NPO法人スポーツ健康援護会の設立
1996年、矢田修さんはNPO法人スポーツ健康援護会を設立しました(正式認証は2002年3月)。
このNPO法人を通じて、矢田修さんは自身の哲学を社会に還元する活動を本格化させます。
トップアスリートの支援に留まらず、ジュニアアスリートへの無料相談会や地域スポーツの振興、高齢者の健康増進など、幅広い層を対象とした社会貢献活動を展開しているのです。
特に、未来を担う若いアスリートたちへの支援に力を入れている点は注目されています。
経済的な理由で専門的な指導を受けられない子どもたちにも門戸を開いている姿勢には、矢田修さんの温かい人柄がうかがえますね!
山本由伸との師弟関係
画像引用元:NumberWeb
2017年、矢田修さんと山本由伸投手との運命的な出会いが実現。
当時オリックス・バファローズに入団したばかりの18歳の山本由伸投手は、愛用していたグラブメーカー「Ip Select」の代表・鈴木一平氏の紹介で矢田修さんのもとを訪れました。
矢田修さんは山本由伸投手の身体を一目見て、その動きの癖や潜在的な課題を見抜いたのです。
そして「今の投げ方の延長線では、あなたの理想にはたどり着けない。フルモデルチェンジが必要です」と告げます。
この衝撃的な提案に対して、山本由伸投手は「じゃあ、そうします」と即答しました。
この決断が、後に球界を代表する投手への道を切り開くことになります。
矢田修さんの指導は「正しく立つ」という最も基本的な動作から始まりました。
ジャベリックスロー(やり投げ)やブリッジ、倒立といった一見野球とは無関係に見えるトレーニングも、全ては身体の連動性を高めるためのもの。
指導前の山本由伸投手は、5イニングを投げると全身に強い張りが出て、中10日の休養が必要な状態でした。
しかし矢田修さんの指導を受けた後は、完投しても翌々日にはブルペンに入れるほどの回復力を手に入れたのです。
この変化は驚異的ですよね。
山本由伸投手は「先生は僕を作った人です」と全幅の信頼を寄せ、矢田修さんは山本由伸投手を「よくできた孫」と愛情を込めて語っています。
MLBでの活動と評価
画像引用元:テレ朝NEWS
2024年、山本由伸投手のドジャース移籍に伴い、矢田修さんもMLB球団の正式スタッフとして渡米。
これは日本の治療家がMLB球団に公式採用される極めて稀なケースであり、矢田修さんの理論が世界最高峰の舞台で認められたことを意味します。
ドジャースの国際スカウト部門のゲイレン・カー副社長は、山本由伸投手の獲得調査の際に大阪の矢田接骨院を訪れました。
そこで矢田修さんのメソッドに強い感銘を受けたと語っています。
「体をねじり、バランスを取り、体重だけで力を生み出す。我々がアメリカでやっているような、重りを使った筋トレとは一線を画していた」というカー副社長のコメントは、矢田修さんの独自性を的確に表現しています。
データと科学的管理が主流のMLBにおいて、身体の感覚や自然との調和を重視する新しいアプローチを提示しているのです。
矢田修さんの哲学がMLBのトレーニング文化に新たな視点をもたらす可能性は高いと言えるでしょう。
現代スポーツ科学の主流であるウエイトトレーニングとは異なるアプローチが、実際に結果を出している事実は非常に興味深いですね。
矢田修の学歴
画像引用元:矢田接骨院
矢田修さんの学歴について、現時点で公開されている具体的な情報は限られています。
確認できる情報としては、1959年に香川県で生まれ、若くして柔道整復師の国家資格を取得したという事実のみです。
柔道整復師の資格を取得するには、専門学校や大学で3年以上の教育課程を修了する必要があります。
矢田修さんが1980年に20代前半で接骨院を開業していることから、10代後半から20代前半にかけて柔道整復師の養成課程を修了したと推測できます。
開業後40年以上にわたる臨床経験の中で、独自の理論を体系化し続けてきた姿勢こそが、矢田修さんを現在の地位に導いた最大の要因と言えます。
30年以上の臨床データに基づいて確立した「BCトータルバランスシステム」は、まさに生涯学習の結晶なのです。
矢田修さんの公式サイトに掲げられた「世の中は夢か現か幻か」という言葉からは、物事の本質を追求する深い思索家としての一面が見て取れます。
学歴という形式的な経歴以上に、実践と研究を通じた継続的な学びこそが、矢田修さんの真の学びだったのでしょう。
矢田修の今後の展望は?
画像引用元:NewsPicks
矢田修さんの今後の活動には、大きな期待が寄せられています。
山本由伸投手を通じて証明された矢田修さんのメソッドは、既にMLBで高い評価を得ました。
今後は野球界だけでなく、他のスポーツ競技にも広がっていく可能性が十分にあります。
矢田修さんの理論の核心は「強くする」ではなく「正しく使う」という点にあります。
この哲学は筋力増強を重視する従来のトレーニング方法に対する根本的な問いかけとなっています。
身体本来の機能を最大限に引き出すという考え方は、怪我の予防や選手生命の延長という観点からも非常に有効でしょう。
また、NPO法人スポーツ健康援護会を通じた社会貢献活動も、さらに拡大していくことが期待されます。
トップアスリートだけでなく、ジュニア世代や高齢者まで、幅広い層に矢田修さんの理論が届くことで、日本のスポーツ文化全体の底上げにつながる可能性があるのです。
矢田修さんは現在66歳ですが、その情熱と探求心は衰えることを知りません。
山本由伸投手という最高の教え子とともに、これからもMLBの舞台で新たな歴史を刻んでいくことでしょう。
矢田修さんの挑戦は、日本のトレーニング理論が世界最高峰の舞台で通用することを証明し続けているのです。
まとめ
矢田修さんは1980年の矢田接骨院開業から始まり、独自の「BCトータルバランスシステム」を確立し、2017年に山本由伸投手と出会ったことで世界的な注目を集めるようになりました。
学歴の詳細は公表されていませんが、40年以上の実践と研究を通じた学びこそが矢田修さんの真骨頂です。
現在はMLB球団の正式スタッフとして活躍し、その独自の理論は世界最高峰の舞台で高い評価を受けています。
今後も多くのアスリートの未来を変えていく存在として、矢田修さんの活動から目が離せません。

