新庄剛志が7500円のグローブを愛し続けた理由は?父親・メーカー・引退エピソードを解説

新庄剛志 グローブ

たった7,500円のグローブを17年間も使い続けた新庄剛志さん。

その選択の裏には、一流アスリートの常識を覆す深い哲学がありました。

「これが使えなくなったときが引き際」と語るその姿勢は、父から受け継いだ価値観と、道具への揺るぎない敬意から生まれていたのです。

本記事では、新庄剛志さんが愛し抜いた一本のグローブに秘められた物語をお届けします。

プロ入り当初に選んだ7,500円のグローブ、植木職人だった父親の教え、そして引退の瞬間まで。

道具を「心臓」と表現した彼の言葉に込められた想いと、17年間の軌跡を辿りながら、スポーツの世界を超えた普遍的な価値観を探ります。

新庄剛志さんが7500円のグローブを選んだ理由とは?

新庄剛志画像引用元:デイリー

プロ野球界には、一流選手ほど高価で最新の用具を使うというイメージがあります。

しかし、新庄剛志さんはその常識をくつがえすように、7500円という安価なグローブをプロ入り当初から17年間にわたって使い続けました。

道具にこだわるプロが、なぜそのような選択をしたのか?その背景には、父親から受け継いだ価値観と、強い信念がありました。

この記事では、そのグローブにまつわる選択と想いに迫ります。

プロ入り後に初任給で購入したグローブ

新庄剛志さんがプロ入りして最初に選んだグローブは、たった7500円という価格のZETT製のものです。

当時、阪神タイガースに入団したばかりの新人であった彼が、初めて受け取った給料でこのグローブを購入しました。

それは高価な特注品ではなく、ごく一般的に販売されている硬式用のもの。にもかかわらず、新庄剛志さんはこのグローブを17年間、現役引退まで使い続けることになります。

このグローブは単なる野球道具ではなく、彼の野球人生のすべてを共にした「相棒」でした。

多くの選手がシーズンごとに新しいグローブを使う中で、なぜ新庄剛志さんはこの1つをずっと使い続けたのか。

その理由は、彼の価値観と、ある大切な人の教えに深く結びついています。

なぜ7500円という価格のグローブだったのか?

7500円という価格は、硬式用グローブとしては決して高くありません。

プロ野球選手が使うものとしてはむしろ格安の部類に入ります。

このグローブは、阪神タイガースの1年目に手にしたもので、新庄剛志さんが「プロとしての覚悟」を込めて選んだものでした。

当時の新庄剛志さんは、金額ではなく「使い続けること」に意味を感じていたようです。

「このグローブがだめになったときが、自分の引き際だ」という強い想いを持っていたことが、のちのインタビューでも語られています。

つまり、7500円という価格には、プロとしての誓いや覚悟が込められていたのです。

このような背景があるからこそ、新庄剛志さんとグローブの関係は特別なものになりました。

それは機能やブランドではなく、心で選んだ道具だったと言えるでしょう。

父親の教えが影響したグローブへの価値観

新庄剛志画像引用元:SPORTIVA

新庄剛志さんが7500円のグローブを大切に使い続けた背景には、父親からの深い教えがありました。

ただの”物”としてではなく、「一緒に戦う仲間」として道具に向き合う姿勢は、幼いころから父の背中を見て育った彼だからこそ培われたものです。

野球の技術以上に、新庄さんが身につけたのは”人として大切な価値観”でした。

「商売道具を大切にしろ」という父の教え

新庄剛志さんの父親は、植木職人として日々の仕事に誇りを持って働いていました。

道具を丁寧に手入れし、いつも清潔に保っていたその姿を、新庄少年は毎日見ていました。

そして、父から繰り返し言われていたのが「商売道具を大切にしろ」という言葉です。

この教えは、新庄剛志さんの心に深く根を下ろしました。

プロ入り後、自分の”商売道具”であるグローブを大切に使うのは当然だという信念のもと、どれほどボロボロになっても同じグローブを使い続けたのです。

高い道具を使うことよりも、大切に扱い続けることが何よりも大事だと考えていたのです。

植木職人だった父の仕事観と新庄さんへの影響

父親がどれだけ誇りを持って働いていたかは、道具の扱い方に表れていました。

作業が終わったあとには必ず道具を手入れし、決して雑に扱うことはありませんでした。

そんな父の姿勢が、新庄剛志さんの根っこにある”道具への敬意”を育てたのです。

特に印象的なのは、新庄剛志さんがグローブについて「これは自分の”心臓”みたいなもの」と表現していたことです。

これは、父親が道具を”相棒”のように扱っていた姿をそのまま継承している証拠とも言えるでしょう。

「グローブは心臓」と語った新庄剛志さんの価値観

新庄剛志さんは、自分のグローブを「心臓みたいなもの」と表現しています。

この言葉には、グローブがただの野球道具ではなく、自分の命を預ける存在だという想いが込められています。

試合が終わったあとにグローブに「ありがとう」と声をかけながら磨く姿は、ただのルーティンではなく、感謝と尊重の表れでした。

どれだけ高価なグローブであっても、心を込めて使い続けることができなければ意味がない。

そんな信念が、新庄剛志さんのプレーだけでなく、多くの人の心を打つ理由となっています。

使用グローブのメーカーやモデルの詳細

新庄剛志

新庄剛志さんが長年愛用していたグローブには、明確なメーカーのこだわりと、時代ごとの変化がありました。

プロ野球界では、ブランドや契約により複数のメーカーを使う選手も少なくありませんが、新庄剛志さんの場合は、その使い方やカスタマイズ方法に個性がにじみ出ていました。

ここでは、グローブのメーカーやモデルにまつわる情報を整理してご紹介します。

ZETT製グローブとその特徴

新庄剛志さんが最も長く使い続けたのが、ZETT(ゼット)製のグローブです。

プロ入り直後に7500円で購入したこのグローブは、特注品ではなく、市販品に近いタイプと見られています。

それでも彼は、このZETT製のグローブに強い信頼を寄せていました。

ZETTは、手になじみやすい革質と、日本人向けの設計に定評があり、新庄剛志さんのように俊敏な守備を得意とする外野手にとっても使いやすいグローブだったと考えられます。

素材や価格以上に「自分の手と一体になっているか」を重視していた新庄剛志さんにとって、ZETTのグローブはまさに”体の一部”だったのです。

メジャー時代に使用したグローブの変遷

新庄剛志画像引用元:Safari

メジャーリーグに挑戦した時期、新庄剛志さんは道具の契約の関係で、ZETTのロゴを外してプレーしていました。

そのかわり、スポンサーであるデサントのロゴを貼り付けたZETT製のグローブを使用していたと言われています。

これは、見た目上は違うブランドに見せながらも、長年使い慣れたグローブを手放さなかったことを意味しています。

また、D×M(ディーバイエム)という新しいブランドのグローブを使っていた時期もありました。

D×Mは、デザイン性や機能性にこだわった新進気鋭のメーカーで、新庄剛志さんのスタイルにも合っていたようです。

復帰を目指してトレーニングをしていた2019年ごろには、D×M製のグローブにApple Watchを取り付けた独自のスタイルが話題になりました。

「新庄モデル」の販売と注目された仕様

新庄剛志さんの活躍に影響を受けて、ZETTやローリングスなどから「新庄モデル」のグローブが市販されるようになりました。

特に、引退記念として販売されたモデルは17万8500円という高価格でありながら、多くのファンから注目を集めました。

こうしたモデルには、新庄剛志さんが実際に使用していたグローブの色味や型、素材の特徴が反映されています。

プレーだけでなく、道具にも強いメッセージを込める新庄剛志さんだからこそ、ファンにとっては特別な意味を持つモデルグラブとなっています。

17年間の手入れと修理に見るグローブへのこだわり

新庄剛志画像引用元:朝日新聞

プロの世界で17年間も同じグローブを使い続けるというのは、非常に珍しいことです。

選手の多くは、消耗やパフォーマンスの変化を理由に定期的に新しいものに替えていきます。

しかし、新庄剛志さんは、ひとつのグローブをとことん大切にし、自ら手入れと修理を重ねて使い続けました。

その背景には、道具に対する深い愛情と、自分のプレーに対する強いこだわりがありました。

試合後の手入れと感謝のルーティン

新庄剛志さんのグローブへの向き合い方で特に印象的なのは、「試合のあとにグローブへ感謝を伝える」習慣です。

グローブは、ただの道具ではなく、一緒に戦った仲間という意識がありました。

毎試合のあとには、泥や土をていねいに落とし、柔らかい布で優しく磨いていたといいます。

このような手入れはルーティンとして続けられており、決して誰かに任せることはありませんでした。

自分の手で触れることでグローブの状態を把握し、微細な変化に気づけるようにしていたのです。

彼にとって、グローブの手入れはただの作業ではなく、プレーへの感謝と敬意の表れだったのです。

湿気対策や保管方法の工夫

新庄剛志さんは、グローブの保管方法にも細かく気を配っていました。

特に湿気には非常に敏感で、遠征先のホテルではグローブをテレビの上に置くなど、湿気から守るための工夫をしていたといいます。

これは単なるクセではなく、革製品であるグローブの劣化を防ぐための、実に理にかなった対応でした。

また、湿気だけでなく型崩れにも気をつかい、保管時には型を整えるための専用ホルダーを使うなど、プロとしてのこだわりが随所に見られます。

こうした細やかな管理が、グローブを17年間使い続けるための土台になっていました。

修理を重ねながら使い続けた理由

グローブはどれだけ大切に使っても、プレーを重ねれば確実に傷んでいきます。

新庄剛志さんのグローブも例外ではなく、合計で4回の修理を行ったとされています。

特にメジャー時代には、チームメイトにスパイクで踏まれて破れてしまったこともありましたが、それでも新しいものに替えることなく、修理を選びました。

この姿勢には、「最初に選んだ道具を最後まで使い切る」という強い信念がありました。

グローブが壊れたときには「僕のグローブがもう使えなくなった。それだけです」と静かに語り、その言葉には、使い続けてきた年月と想いの重さがにじんでいました。

引退時に語られたグローブへの想いと感動エピソード

新庄剛志画像引用元:スポニチSponichiAnnex

新庄剛志さんが現役を引退する際、最後まで共に歩んできた7500円のグローブが壊れたことを理由のひとつとして語ったエピソードは、多くのファンの心に深く残っています。

単なる”道具”を超えた存在として、グローブに注がれた想いの深さは、引退という節目において特に強く表れました。

「僕のグローブがもう使えなくなった」発言の意味

引退を決意した新庄剛志さんが残した「僕のグローブがもう使えなくなった。それだけです」という一言は、彼らしい静かで重みのある言葉でした。

17年間使い続けてきたそのグローブが、最後の試合でライナーを捕球した瞬間に破れてしまったのです。

この言葉は、単にグローブが壊れたという事実以上に、「信頼していた相棒との別れ」を意味していました。

物への執着ではなく、共に歩んだ証としての別れ。この発言には、新庄剛志さんがグローブをどれだけ大切にし、どれだけ信じていたかがにじみ出ています。

棺に納められたグローブのエピソード

さらに感動を呼んだのは、引退後にそのグローブを亡き父親の棺に納めたというエピソードです。

父親は「商売道具を大切にしろ」という言葉を何度も新庄さんに伝えていた人。その教えを守り抜いた証として、グローブを父と共に天国へ送り出すことにしたのです。

この出来事は、単に親子の関係を超え、人生哲学として”道具を大切にすること”の象徴にもなりました。

グローブは野球選手としての道具であると同時に、親子の絆をつなぐ心の拠り所だったのです。

森本稀哲さんとの関係と引退セレモニーの裏話

新庄剛志さんの引退セレモニーでは、後継者として目をかけていた森本稀哲選手の存在も印象的でした。

グローブを誰に託したのか、正式な記録は残っていませんが、一部では「稀哲にグローブをはめさせたのではないか」との声もあります。

森本稀哲選手は、新庄剛志さんのプレースタイルや価値観を最も受け継いでいた人物のひとりであり、ファンの間でも”新庄イズム”を継ぐ存在として認識されていました。

そうした背景もあり、引退セレモニーの場面は、新庄さんの生き方や想いが次の世代に受け継がれていく瞬間でもあったのです。

まとめ

新庄剛志さんが7500円のグローブを17年間使い続けたという事実は、単なる美談ではなく、「道具に込めた想い」と「人としての姿勢」を私たちに教えてくれます。

高価で最新の道具を次々と使い分けることが当たり前の時代に、ひとつのグローブと共に歩み続けた彼の姿勢は、まさに異例であり、だからこそ多くの人の心を打ちました。

その背景には、植木職人だった父親から教えられた「商売道具を大切にしろ」という信念がありました。

新庄剛志さんはグローブを”心臓”と呼び、試合のあとには感謝を伝えながら手入れを続けてきました。

そして、引退のきっかけとなったのも、そのグローブの限界でした。

このストーリーを知った多くの人が、「物を大切にする心」や「信念を持ち続けること」の大切さを改めて感じたことでしょう。

スポーツ選手としての偉大さだけでなく、人間としての新庄剛志さんの魅力が、グローブを通して伝わってきます。